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この記事は、LEGO BIG MORLタナカヒロキさんが2021年1月4日にKITSUの記事で公開した[#1] 何とも言えない 『ばあちゃんの戸籍に入るよ』を再編集したものです。
後継者がいない大好きな祖父母の苗字「三好」
母方のばあちゃんは一人で大阪に暮らしている。
今では耳も遠く話す側は大声になる。
さよならの時には僕の声は枯れそうな程だ。
冷蔵庫には昔、僕が好きと言ったオロナミンCを常備してくれていた。
特別好きなわけではなく普通に好きといった程度なのだが、常備してくれているばあちゃんは僕が喜ぶだろうと常備してくれているので、それを大好物かのように飲む。
大好物にありついて喜んでいる僕を見ている、ばあちゃんの喜ぶ顔が見たいから僕は飲む。
ばあちゃんは香川出身でうどんの茹で方が完璧だ。
お腹が空いてなくても僕はうどんが食べたいと言ってみる。
何故なら、ばあちゃんは僕のためにうどんも常備してくれているからだ。
僕のオカンは妹との二人姉妹。
どちらも嫁いで姓は変わっている。
つまり僕の大好きなばあちゃんと、特別大好きだった死んだじいちゃんの苗字「三好」は、ばあちゃんが死ぬとなくなるのだ。
ある日、 タ行が言えなくなった。
いつから吃音気味だったのか、僕は覚えていない。
でも高校生になるまでは普通に話せていた気がする。
何かの拍子で、小学校の時に入っていたソフトボールチームの監督の「多田(タダ)監督」と言わなければならないタイミングがあった。
頭では「多田」だとわかっているのに、口から「多田」と出ない。
何だこれは?と思いながら、僕は「ど忘れした」と嘘をついた。
そして誰かが「それ多田監督じゃない?」と言ってくれたものに「あーそうそう」と乗っかることしかできなかった。
その日からタ行が言えなくなった。
中学1年生、大好きだった祖父との別れ。
大好きだったじいちゃんは僕が中学一年の時に死んだ。
初孫の僕を、僕から見てもやりすぎじゃないかと思うくらい可愛がった。
たぶんこの人は物理的に僕を目に入れても本当に痛くないと言い張るのかもと幼心に思っていた。
今思えば雑技団かよ!と思うのだが、よく僕を肩に乗せたまま自転車であちこち連れて行ってくれた。
毎週土日はじいちゃんの家に泊まっていた僕は、毎週決まってじいちゃんと朝マックに行く。
定位置のじいちゃんの肩に座り、マクドの注文の仕方も慣れてきたじいちゃんと、朝マック限定のホットケーキを買いに行くのだ。
でも朝マックに行くのは、「遠くへ行きたい」という番組をその前に観てからだ。
じいちゃんはあの番組が好きだった。
僕はその主題歌がとても怖かった。
「何か体調が悪いみたいやから行ってくるわ」
夜に両親がそう言ってじいちゃんの家に行き、朝帰ってきたらじいちゃんが死んでいた。
夢の続きだと思いたくてコタツで二度寝を決め込もうとしても眠れずいると、同居していた父方のじいちゃんが憔悴仕切った両親に代わりじいちゃんが死んだということをもう一度優しく僕と弟に説明してくれた。
死というものがどういうものなのか丁寧に話してくれ、最後はそれでもあのじいちゃんが死ぬには早過ぎるなぁとコタツで寝たふりしてる僕の頭を撫でながら言った。
じいちゃんの声は涙声に聞こえた。
僕も寝たふりしながらコタツの布団が濡れるほど泣いてしまっていた。
あんな最悪な朝は今のところない。
電話や受付で自分の名前が言えない。
役所、ホテル、飲食店、電話問合せ、電話予約etc。
これらの場面での僕の様子が変わってきた。
あれ?電話や受付で名前が言えない。
何やこれ。
緊張してるのか?
いや、緊張するような局面ではない。
ただただ口から言葉が出てこない。
名前を無理やり引っ張り出そうとすると「タ、タタ、タッタナカです」となる。
何じゃこれは。
これから僕は就職活動の面接もあるだろう。
彼女とのデートでちょっと良い店を予約することもあるだろう。
財布をなくしてクレジットカードを止めてもらうこともあるだろう。
それら全てできないのか。
吃音が原因で諦めた教師の夢、そして見つけたバンドマンの道。
まだ高校生の僕の夢はたくさんあった。
でも吃音が原因で諦めたものもたくさんある。
例えば1つは教師である。
クラスも担任するだろう。
生徒に「多田くん」がいたらどうするのか。
僕はその幾つかの夢をそっと諦め、バンドマンになった。
じいちゃんの仏壇には誰が作ったのか、僕らがMステに出た時の画像を無理やり引き延ばしラミネートされた写真が飾ってある。
画素が荒すぎてじいちゃんもどれが僕かわかってないんじゃないと思う。
後継者がいない祖父母の苗字を継げば、今の苗字の言いやすさから解放されるかもしれない。
ばあちゃんのうどんを食べて、オロナミンCを飲み、ゴロゴロしながら関西ローカルの番組を見ていた。
関西の日曜の昼は上沼恵美子が君臨する。
僕はまだ自分が吃音症だとも知らずにこの症状がコンプレックスとなり、生きにくいまま息をしていた。
僕の名前が「三好」になればこれからの人生を生き易くできるのではないか?と思った。
コンプレックスと悟られないように、なるべく世間話の延長として僕はこう言った。
「俺じいちゃんばあちゃんの名前の三好がなくなるの嫌やし、ばあちゃんの戸籍に入るよ」
そこにいた皆は、ヒロキがまたアホなこと言うてるわ、ってな感じで笑っていた。
でもばあちゃんは笑ってるのか泣いてるのか。
シワシワの顔は一層くしゃくしゃになり、その感情はわからない。
でも僕は何とも言えない気持ちになった。
三好がなくなるのが嫌というのは嘘ではないが、僕は自分の都合でばあちゃんにそんな顔をさせてしまった。
僕はばあちゃんの戸籍に入るよと嘘をついた。
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