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「学会で発表することになったけれど、吃ったらどうしよう」「ポスター発表をしないといけない。吃音症の不安で押しつぶされそう」「学会まで1ヶ月。吃音のことを考えると吐きそう」
国際学会・国内学会で発表を控えている吃音当事者の方や学校でプレゼンテーションをしないといけない吃音当事者の方への応援メッセージになればと思い記事を執筆しました。ぜひ、最後まで読んでください。
指導教官に背中を押され、国際学会での口頭発表を決意
大学4年生を休学し、学生時代の専門分野であった水処理、膜処理の分野でトルコのイズミル県にある大学に9ヶ月研究留学をしました。 (以前の記事で、フィリピンとトルコとポーランドに研究留学をしたと書いていましたが、期間的には、フィリピン2ヶ月、トルコ9ヶ月、ポーランド3週間です。トータル約1年という計算です。)
5月にトルコに渡航して、海外の大学での研究生活が始まりました。研究生活やトルコの生活に慣れ始めた7月、当時の指導教官よりお呼び出しを受けました。
「今度、11月にイスタンブールで水処理の国際学会があるけど、口頭発表で参加しない?」
「国際学会の委員会に、うちの研究室に日本人の学生がいると話したら、発表してほしいと言われたのよ」
「国際学会だから、トルコ人以外に口頭発表して欲しいのよね。うふふふ」 とのこと。
すぐには返答できなかったため、2日間お時間をいただくことにしました。その間ラボメイトからは 「絶対出た方がいいよ。こんな機会ないからさ」とプッシュされまくり。
「吃音が出たらどうしよう」「吃音が出るから出たくないな」 と口頭発表の恐怖に慄き、なかなか決心ができないでいました。
吃音がなくても、登壇に躊躇する口頭発表。それに加えて自分は吃音持ち。思い悩んだ結果、経験として発表に挑戦しようと口頭発表をすることにしました。
社会不安障害気味の症状が出始める始末
担当教官の先生に口頭発表する旨を伝え、早速申し込みをしました。
申込後は書類作成やプレゼン資料の作成と、なかなか大変でした。それよりも、辛かったのが社会不安障害気味の症状が出始めたのです。
不安、心配、無気力、体調不良…流石にあの時ばかりはまいりました。国際学会の、しかも口頭発表。そして吃音症を患っています。社会不安障害気味になるのは、致し方のないことだったのかもしれません。
特に、発表の2週間から1週間前の間が1番しんどかったです。不安になっても時間は過ぎていく。不安と向き合いながら、発表練習に打ち込みました。
ビックステージの国際発表の体験談
不思議なことに、発表が近づくにつれて社会不安障害気味の症状は治っていきました。無意識的に悩んでも仕方ないと割り切ることができたのでしょうか。
待ちに待った発表当日。 (待ちには待っていませんが、、、(汗)) ホテルで1番大きい会場。さらに私はトップバッターで、20分間発表しました。
ステージに立つと意外と落ち着いていたのですが、心は落ち着いていたとしても吃音の症状は出ますので、終始吃音の症状は出っぱなしでした。
ただ、しっかりと練習していた甲斐もあり、いつもよりも吃音の症状は少なかったように思えます。私にとっては地獄のような20分間も発表が始まればあっという間に終わりました。
そして、発表が終わった後の開放感は言葉に表すことができないほど爽快でした。
発表が終わったあとに、 トルコ人の学生から話しかけられて「あの研究のあの部分はどうなっているの?」と少しだけ議論もしました。
その時、誰も私の吃音を気にしていないのではないかと感じました。吃りながらですが、発表を経て見せ方も大切ですが、より重要なのは中身だということを実感しました。
「挑戦してよかった。」今振り返るとそう感じる理由
吃音当事者にとって、就活と発表と電話対応は吃音者がやりたくないトップ3。発表に挑戦することはそれくらいしんどいことなのです。
しかし、発表を終えて少しばかり心が強くなったような感じがしました。海外の国際学会で口頭発表をすることは吃音者でなくてもしんどいものを、吃音というハンデを持ったまま乗り越えることができました。
発表が上手いか下手かの観点で私の発表を評価した場合、決して上手くはないでしょう。しかし、吃音という発話障害がありながら挑戦することができた。これは事実としてあります。
難しいことに挑戦できたという事実が、私の心を少しばかり強くしました。難しい経験は人を強くするのです。
当時はしんどくて辛かったですが、今振り返ると国際学会での口頭発表を経験できて非常によかったなと思います。 ここまでお読みいただきありがとうございました。
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