私は吃音当事者の塙貴宏と申します。
幼いころから吃音でいじめや辛い体験をして一時は死を意識した私が、吃音外来の受診を経て、前向きに生きられるようになったことについてお話していきます。
きっとこの記事を読んでいる人は自分の吃音に悩んで苦しい想いをしているかもしれません。
私の経験談と吃音の克服した方法が吃音に悩む人の役に立てれば嬉しく思います。
小学校時代、当たり前かのように吃音について差別されていた。
言葉がおかしいと思い始めたのは、小学校低学年の頃でした。
皆と同じように話したくても、最初の言葉が伸びてしまったり、同じ言葉を何度も繰り返したりしていました。
しかし、なぜそうなるのか原因が分かりませんでした。
子供ながらに自分で治そうともしましたが、当時は身体のどこが原因で吃音が出ているのか分からなかったため、治るはずがありませんでした。
吃音が原因で、クラスに真似されただけではなく、その当時関わっていた先生方の中にも私の真似をしたり鼻で笑ったり、嘲笑ったりしている人がいました。
当時は当たり前かのように吃音について差別されていて、黒人差別や昨今ならコロナ差別に匹敵する仕打ちを受けていたと思います。
そんな中でも、私は自分の弱みを克服するために懸命に取り組みました。例えば、口の開け方や息の使い方など、自分で改善できるポイントを見つけ、練習しました。また、周りの人たちにも協力してもらい、一緒に話す練習をすることで、徐々に吃音を克服していきました。
「その吃りを治せ!」上司や周りから頭を叩かれ続けた。
私が吃音を持っていることを知った両親は、全く向き合おうとせず、モラルハラスメントに近い態度を取りました。彼らは、吃音を理由に私を非難し、私を傷つけ続けました。今でいう「毒親」のような存在でした。
しかし、私にとって救いとなったのは、祖父と祖母でした。彼らは、私が吃音を持っていることに向き合い、私を支えてくれました。今でも、当時のことを振り返ると、祖父母には本当に感謝しかありません。
社会人になっても、吃音について周りからの冷たい対応は続きました。最初の飲食店の就職では、上司や周りから「その吃りを治せ!」と頭を叩かれ続け、精神的に追い込まれました。私は自分が持っている障害を受け入れられず、自信を失ってしまいました。
吃音で自殺も考えてしまった
ある時、私は責任を取るために青木ケ原樹海で首を吊ろうとしました。当時20歳のことでした。しかし、幸いにも私は死ぬことができず、生きることを選びました。
その後、私はスーパーで魚を切る仕事につきました。その職場では、吃音はあまり指摘されることなく働けていました。しかし、そのスーパーは働き始めて数年後に倒産してしまいました。
私は上京し、市川市二俣の物流倉庫で働き始めました。
しかし、その会社の5ちゃんの書き込みにて私の吃音をひたすら真似され、誹謗中傷を山程書かれました。さらに当時の上司からも吃音について指摘をされたので、思い切ってネットで調べた精神科心療内科を受診することを決めました。
生まれて初めて吃音を理解してくれる人に出会えた。
病院に行ったとき、医師から私が吃音を持っていることを知らされました。
初めは、何が原因であるかわかりませんでしたが、医師からの診断により、声帯の異常ではなく、脳の一部が正常に機能していないことが原因であることがわかりました。
これは、私にとってはショックでしたが、同時に、吃音の原因が明確になったことは、私にとって非常に大きな進歩でした。
現代では、吃音を完治させることが不可能だとも言われていますが、私は幸運にも吃音を理解してくれる人に出会うことができました。
吃音と付き合うという覚悟
治療は、7年近くにわたり行われました。治療中、私は薬を服用しなければならず、副作用や後遺症に苦しみました。治療が進むにつれ、うまくいけば7割程度改善されると医師から伝えられました。
しかし、私は残りの3割については、これからも付き合っていくしかないという覚悟を決めました。この苦しみを経験したことで、私は吃音の苦しみを理解する人々に有益な情報を提供することができます。
私たちは、吃音の人々が抱える苦しみを共有し、彼らに寄り添うことができます。
私は、吃音の人々が自分自身の声に自信を持ち、自分を表現することができるよう、これからも支援し続けていきたいと思います。
どんな障害でも社会で生きていくことができる。
現在、私は言語障害者として社会で働いて生きています。私自身も、障害を持っていることが社会で生きていく上での大きな課題だと感じてきました。しかし、自分の体験を通して、障害を持つ人たちが幸せに生きていくことができる方法を模索してきました。
人生というものは面白いもので、障害者だからといって不幸になるとは限りません。私は、自分の障害を克服するために、自分自身と向き合い、自分なりの解決策を見つけることに努めました。
そして、自分の考え方や選択、行動力次第で良い方向に進むことができると思います。これも、障害を持っているからこそ言える体験なのかなと思います。
もしも障害が全くなかったら、私は何に対しても文句ばかり言っている人間に成り下がっていたでしょう。障害があるからこそ、自分自身を成長させることができたと思います。
吃音の治療法の研究はまだ始まったばかりです。しかし、私は、治療法が見つかるまであきらめず、自分自身の力で乗り越えることに努めています。50年後、100年後に完治する方法が見つかれば私はそれでいいと思っています。
自分を理解してくれる人を見つける
私自身、吃音で苦しんでいた時期があります。その時、私が支えになってくれたのは、自分を理解してくれる人たちでした。
障害を持つ人たちには、理解してくれる人を見つけることが大切だと思います。そして、その人たちが、自分自身を受け入れ、サポートしてくれることが、自信をつける助けになるのです。
社会には、障害を持つ人たちが十分に生きることができる環境が整っていないことが多いです。そのため、私たちは障害を持つ人たちが、自分自身を理解してくれる人たちを見つけることを支援する必要があります。
また、障害を持つ人たちが自分自身を受け入れ、自信をつけることで、自分なりの解決策を見つけることができるように、サポートすることも大切です。
どんな障害を持っていても、社会で生きていくことができます。私たちは、障害を持つ人たちが自分自身を理解してくれる人たちを見つけ、自信をつけ、自分なりの解決策を見つけることを支援することで、彼らが幸せな人生を歩むことができるようにするのです。
吃音者の団体やコミュニティにも頼る
吃音者の団体やコミュニティに参加することは、自分自身に対する前向きなアプローチの一つです。
こうすることで、同じ悩みを持つ人たちと出会い、お互いに励まし合ったり、情報交換したり、共感したりすることができます。
吃音を隠すことがストレスや不安を増やすばかりでなく、吃音を悪化させることがあることは多くの人が経験しているかもしれません。
吃音者の団体やコミュニティに参加することで、自分自身を受け止め、話すことに対して恐怖や嫌悪感を減らすことができるでしょう。また、参加することで、自分が持っている吃音について理解を深め、より良い自己認識を得ることができます。
吃音者の団体やコミュニティには、様々な活動があります。
このような活動に加えて、吃音者の団体やコミュニティでは、様々な人との交流ができる機会があります。
こうした人々との交流を通じて、自分自身の不安や恐怖感が軽減され、自分自身を受け止めることができるようになるでしょう。
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